中島理論使いとしては、この馬を持ってくるのが正しいでしょう(笑)。カミノスミレ。天皇賞・秋が3200mで行われた最後の年、1983年の2着馬です。同馬は、Dante(1942)とSayajirao(1944)の全兄弟クロスを持っています。中島理論的には、その父インディアナ(1961)が満16歳時の0交配であることにより、まったく弊害のないクロスとして認識されています。タガジョーウルフ(1999.4.8)と同様、野心を持った交配と言えますね。<2002/05/01 02:09>
むむ、図らずも「1990年代の内国産名種牡馬」を3頭続けて書くことになりました。偉いですよねぇ、サクラユタカオーにせよ、サッカーボーイにせよ、ニホンピロウイナーにせよ。外国産種牡馬に負けることなく、GI馬を送り出せたのですから。ユタカオーのラインからは孫にショウナンカンプ(1998.3.7)が現れましたから、ぜひぜひ、内国産サイアーラインとして生き残っていって欲しいものです。<2002/04/30 10:41>
親父の誕生日に花を添えることはできませんでしたねぇ(苦笑)。まぁ、仕方がないか。同一GIを3年連続3着というのも、考えてみれば立派なことです。健康でなければ出走することすら難しいのが競馬ですから、3歳の初頭からずっと一線級で走っているナリタトップロードは偉い馬です。でも、なんとかならんかったんかいな、ナべちゃん。わしゃ、久しぶりに新渡戸稲造さんを投じていたのよ(笑)。<2002/04/29 05:12>
世の中は、本日から「黄金週間」なるものに突入したようですが、私にはまったく関係ありませんね。今日も、明日も、明後日も、やっぱり仕事なんですね(笑)。ま、適度に頑張りますよん。<2002/04/28 07:35>
第62代日本ダービー馬の名前を出して、今日が4月26日だと気付いて、「あー、自分の誕生日まであと1ヶ月かぁ」と思いました。今年の5月26日は、第69回日本ダービー当日なんですねぇ。5月下旬生まれの人は、競馬好きなら幸せですよ。何年かに1度は、ダービーやオークスの当日に、自分の誕生日を迎えることができるのですから。シリウスシンボリ(1982.3.26)、トウカイテイオー(1988.4.20)、エアグルーヴ(1993.4.6)。かつて、私の誕生日に最高の輝きを見せてくれた馬たちです。どうです、私って幸せ者でしょう?<2002/04/26 21:29>
普通はミホノブルボン(1989.4.25)を持ってくるのが筋ですが、敢えてレオダーバン。第52代菊花賞馬です。ぜんぜん菊花賞馬らしくない体型の馬ですけれど。思いっきりダンサーズイメージ(1965.4.10)の形相が出ています(笑)。<2002/04/26 21:12>
『ダビスタ』で競馬を始めた私は、当初種馬にこの馬ばかり使っていました。「かつらぎ」という響きに親近感を持ったのですね。私の母の実家が、「和歌山県伊都郡かつらぎ町」という所にあるのです。みかんの名産地です。<2002/04/24 19:27>
4月23日は名馬が出る誕生日と勝手に決めこんでいます(笑)。古くはタニノハローモア(1965.4.23)、タケシバオー(1965.4.23)の七夕ダービーにおけるワンツーフィニッシュ、近年ではゴールデンフェザント(1986.4.23)、レガシーワールド(1989.4.23)、ピルサドスキー(1992.4.23)がジャパンカップ(GI)を制しています。<2002/04/24 00:35>
山内研二厩舎の所属馬の見事なワンツーフィニッシュでした、第61回オークス(GI)。すでにチアズグレイスは引退していますが、シルクプリマドンナはもうひと花咲かせて欲しいものです−でも、すでに「女」になってしまっているのかもしれませんが−。<2002/04/24 00:24>
旧表記8歳での天皇賞・秋(GI)制覇はご立派。皆様も、色んな意味で忘れられないレースだと思いますけれどね、1998年の天皇賞・秋は。<2002/04/23 16:56>
馬の走っている姿を見て、初めて泣いたのは1993年の有馬記念(GI)の時でした。トウカイテイオーが1着でゴールした瞬間に大泣きしましてねぇ(笑)。1年ぶりのレースも何も関係なしでした。鹿毛の流星が、冬の中山の直線を見事に駆け抜けました。<2002/04/20 23:58>
トウショウボーイ(1973.4.15)を4月15日の日記に書きましたから、今日4月19日はどうしたってテンポイントでしょう(笑)。グリーングラス(1973.4.5)は、忘れていた訳ではないんですけれど書きそびれましたね。TTG……、やはりこの響きがステキです。<2002/04/20 01:17>
『太陽の勇者』Hyperion。ギリシャ神話で、UranusとGaeaの間にできた子どもであり、Heliosの父でもあります。競走馬のHyperionは、ご存知の通りSickle(1924)とPharamond(1925)の半弟となります。偉大なるHyperion、その母Selene(1919)が空胎後の仔となります。第154代英ダービー馬。<2002/04/18 21:52>
ハイセイコー(1970.3.6)の芦毛の産駒、ハクタイセイ。第50回皐月賞(GI)を制したことにより、父ハイセイコーとの親仔2代制覇となりました。なお、その皐月賞では2着にアイネスフウジン(1987.4.10)が入りましたので、直牝系が4号族プロポンチス(1897)系の近親馬による1、2着でした。<2002/04/17 15:45>
NHKマイルカップ(GI)およびNZT4歳S(現NZT、GII)における、ブレーブテンダー(1994.4.16)との「同じ日に生まれた馬どうしの1、2着決着」から早5年。えー、もうそんなに経つのですね。ブレーブテンダーは障害に行きましたけれど、まだ現役で頑張っています。ちなみに、この世代ではテイエムトップダン(1994.4.16)も同じ誕生日ですね。うーん、確かにちょっと懐かしい。<2002/04/17 15:15>
どうしたって、4月15日生まれの馬といえばトウショウボーイ以外に考えられません(笑)。天馬。2200m以下の距離では生涯不敗。マイル路線が整備されている時代に生まれたら、どんな成績だったことか。でも、自身の距離適性を乗り越えてテンポイント(1973.4.19)やグリーングラス(1973.4.5)と勝負したからこそ、史上に残る名馬なんでしょうね。出来得るならば、このトウショウボーイの直父系からも、再びGIホースが輩出されて欲しいものですが。テスコボーイ(1963)系は、サクラユタカオー(1982.4.19)のラインだけではなく、ボーイのラインも生き残って欲しいと願います。<2002/04/16 07:51>
ノーリーズン(1999.6.4)。こぶし賞の勝ち馬がGI勝ち馬になってしまいました。関西の出世レースとして知られているこのレースですが、近年はどうしてもGI勝ち馬を出すことができていなかったのです。エイシンテネシー(1989.4.3)とか、マイシンザン(1990.3.7)とか、フサイチゼノン(1997.3.2)とか好素質の馬はたくさん輩出していたのですけれど。いやぁ、それにしても厳しい流れになった時のブライアンズタイム産駒はやっぱり強かった。この馬をPOで持っていらっしゃるSAM様には改めて敬意を表したいです。サスガ(1999.2.21)。
自分で作った皐月賞の出馬表を見て気付いたことですが、出走馬18頭のうち、ノーリーズンは純粋な8代残牡先祖数ではナンバーワンの馬なんですよね(苦笑)。今日は祖母の家で競馬を見ていたのですけれど、「あー、『6/128』の馬が勝ってしまった」とか思っていました。「ヤマニンセラフィム(1999.4.13)がお休みしてしまった分、近親馬が活躍したのかなぁ」とも思ってしまいました。このアメリカンファミリーの4号族は速い時計の決着が得意で、ヤマニンセラフィムの母であるヤマニンパラダイス(1992.4.25)やダート1800mの日本レコードホルダーであるプレミアムサンダー(1994.3.13)などが近親にいます。もっとも、こんな後口上ならば誰にでもできることで、彼が勝ったことに理由−reason−はいりませんね。ただ、強かった。それだけです。
私の反省としては、逆パターンの配合になっている馬を嫌う傾向が、今回も出てしまいました。『長距離型の父×短距離型の母父』の配合馬を軽視してしまうんですよね。これはイカンと本当に思いました。考えてみれば、『ブライアンズタイム×Mr.Prospector牝馬』と言えば、チョウカイキャロル(1991.3.26)と同じパターンです。さらに、あれだけ母の受胎条件を叫んでいながら、肝心の勝ち馬の受胎条件を調べていなかった。母が空胎後の仔なんですよね、ノーリーズン。さらにさらに、昨年の有馬記念(GI)で「中島理論的高素質の馬は人気薄でも要注意」と思ったのに、やっぱり忘れていました。失敗だらけや(わはは)。<2002/04/14 23:33>
この馬のデビュー戦のパドックを目の前で見ていた、と言っても別に大したことではないですよね(笑)。栗毛の大柄な馬が、眼光鋭く周回を重ねていたのを思い出します。デビュー緒戦の2歳馬が、レース自体の上がり3Fが34秒0のレースを楽々と勝ちました。びっくりしましたねぇ。後はもう皆様ご存知の通りです。ラジオたんぱ杯3歳S(GIII)をあっさりレコード勝ち、弥生賞(GII)では不良馬場をものともせずに快勝、皐月賞(GI)も簡単に勝ってしまいました。屈腱炎の発症は残念でしたが、無敗のまま、1年の休暇を得ての種牡馬入りですから、たぶん仔どもは走るでしょう。シェイクモハメドの申し入れを受けて海外で供用されたら、国内で供用されるよりもっと走る仔を出すと思いますけれど。<2002/04/13 20:40>
時が経つのはホントに早いなあと思う瞬間ですね。この馬の名前を出すとそう思います。目を閉じれば、1994年のマイルCS(GI)の4角から直線を鮮やか思い出します。種牡馬トニービン(1983.4.7)が送り出した牝馬のGI勝ち馬は結構印象深いですね。ベガ(1990.3.8)にせよ、エアグルーヴ(1993.4.6)にせよ、レディパステル(1998.4.26)にせよ。考えてみれば、府中コースが得意なトニービン産駒ですから、TV観戦の折に強い印象を残すのかもしれません。ノースフライトとトーワダーリン(1990.4.21)で決まった安田記念も印象深いですからね。<2002/04/13 02:06>
ノーザンテースト(1971.3.15)が直父系として生き残れるかどうかは、この馬の双肩にかかっています。一本くらい、ちゃんと父系として生き残っていないと寂しいですからね。頑張って、内国産の希望の星。<2002/04/13 01:50>
第63回皐月賞(GI)には出ないんですよね、アドマイヤマックス。名牝ダイナシュート(1982.5.13)の空胎後の仔。今春は「母父ノーザンテースト」でもGIで勝負になっていますから、この馬にもチャンス有りと見ているのですが−ただし、2000m超でのGIレースではやや不安−。東京スポーツ杯(GIII)で単勝を買っていた縁もありますし、応援したい1頭です。<2002/04/10 20:32>
誰がなんと言おうと今日のタイトルはこの馬につきます(わはは)。よくぞPOGで指名していたものです。まさかね、私の祖母の命日に重賞勝ち−クイーンカップ(GIII)−を収めてくれるなんて夢にも思いませんでしたが。祖母の命日だというのに、実家に帰らず馬券を握り締めていた祖母不幸者は、何を隠そう私です(笑)。今年は府中開催が春しかないのが残念ですが、どこかで一発、穴をあけてくれないかしらん。<2002/04/10 20:18>
タイトルに深い意味はありません(笑)。今日は昼の仕事がお休みでしたので、朝早くに起きたのですが、ボンヤリと過ごすことができました。でもねぇ、ボンヤリし過ぎました。夜の仕事にはカッターシャツが必要なのですが、うっかり忘れてしまって店長にお借りしました。ダメダメだなぁ、オオハシ君。<2002/04/10 20:08>
謙ちゃん−池添謙一騎手−、やりましたねぇ。デビュー5年目にして初のGI勝ち。トウショウオリオン(1993.3.29)で北九州記念(GIII)勝ちを収めてから、もう4年ですか。早いなぁ。とにかく、おめでとうございます。アローキャリー(1999.3.1)、矢が運んできたのは嬉し泣きの涙とクラシック初制覇でした。それにしても、山内研二厩舎の21号族の馬が走るのには気がついてたのになぁ(苦笑)。あ、でも第62回皐月賞(GI)にも出走予定やわ、チアズシュタルク(1999.3.30)。
アローキャリーは距離適性が短いところにあるみたいやから、謙ちゃんの第63回オークス(GI)のお手馬はユウキャラット(1999.4.7)になるのかな?この馬も強いよ。マル父やからとか言うて軽視してたらスコンとやられそう。伊達や酔狂で忘れな草賞(OP)を3馬身差勝ちはできないやろ。でも、オークスでもそこそこの人気にはなるんやろな。ホゲットミーノット(1986)とはいきませんか(笑)。<2002/04/08 15:27>
今日は久しぶりに生放送の競馬を見ることができました。ニュージーランドトロフィー(GII)を2着したサーガノヴェル(1999.3.17)。なんなんだその快足は(笑)。中山のマイル戦を1000m通過55秒9、1200m通過1分7秒4、1400m通過1分19秒9で逃げて1分32秒1でまとめる3歳牝馬。末恐ろしいですね。もちろん、勝ち切ったタイキリオンも偉いです。さすがは、タイキフォーチュン(1993.2.9)の弟というところでしょうか。<2002/04/07 20:49>
3月21日から続いていた連続出勤が今日で終了を迎えました。はー、明日はやっと久しぶりの完全休養日ですわ(笑)。休みというのは良いですね。働いていると、その有り難味が分かります。<2002/04/05 21:01>
久しぶりに実家に電話を入れると、母親が「Y君は6月に結婚するし、K君はもう結婚してしもうたで」と言いました。私が「なんや、あんた僕に早う結婚して欲しいんかいな」と言うと、「それはいらん」と言ってましたが、ホントかウソか。いくつになっても、親にとっては「子どもは子ども」というところでしょうか。<2002/04/05 20:55>
家に帰って来てご飯を食べたら「バタンキュー」でした。でも、ウチの相方が22時くらいに帰って来て、「焼き肉を食いに行こう」ということになり、食べに行きました。ニンニクの採り過ぎでゲップがおかしな感じでした(苦笑)。<2002/04/05 20:51>
世紀の名種牡馬Northern Dancerと同い年のシンザン。彼ならば、世界のどこで走っても超一流だったはずです。彼が後ろ脚2本だけで立っている写真を見ましたが、あれはやっぱりすごいですねぇ。<2002/04/03 00:35>
巨人軍の背番号18番の誕生日というくらいしか思いつきません。『KKコンビ』とか言ってたのに、もう17年も前の話や。KKの片割れの清原和博選手が、当時南海ホークスの『ニャンコ』藤本投手から「初打数初ホームラン」を打ったのも16年も前の話や。時は流れたんやねぇ。<2002/04/03 00:05>