マルゼンスキー 鹿毛 1974.5.19 種付け時活性値:1.25 |
Nijinsky 鹿毛 1967.2.21 |
Northern Dancer 鹿毛 1961.5.27 |
Nearctic 1954.2.11 |
Natalma 1957.3.26 | |||
Flaming Page 鹿毛 1959.4.24 |
Bull Page 1947 | ||
Flaring Top 1947 | |||
シル 鹿毛 1970.4.22 |
Buckpasser 鹿毛 1963.4.28 |
Tom Fool 1949.3.31 | |
Busanda 1947 | |||
Quill 栗毛 1956 |
Princequillo 1940 | ||
Quick Touch 1946 | |||
シルティーク 鹿毛 1981.3.26 仔受胎時活性値:1.50 <中央1勝> |
ダンサーズイメージ 芦毛 1965.4.10 種付け時活性値:1.75 |
Native Dancer 芦毛 1950.3.27 |
Unbrakable 1942 |
Geisha 1943 | |||
Noors Image 鹿毛 1953 |
Noor 1945 | ||
Little Sphinx 1943 | |||
ヤマトマサル 栗毛 1965.5.22 仔受胎時活性値:1.75 <中央0勝> |
コダマ 栗毛 1957.4.15 種付け時活性値:1.75 |
ブッフラー 1952 | |
シラオキ 1946.4.7 | |||
ミスミハル 鹿毛 1951.3.18 仔受胎時活性値:1.25 <中央12勝(平地9勝+障害3勝)> |
ミハルオー 栗毛 1945.4.30 種付け時活性値:1.25 |
||
マイラブ 鹿毛 1946.3.31 仔受胎時活性値:1.00 <中央0勝> |
父 | 母父 | 祖母父 | 曾祖母父 |
---|---|---|---|
マルゼンスキー (Northern Dancer系) |
ダンサーズイメージ (Native Dancer系) |
コダマ (Prince Chevalier系) |
ミハルオー (Man o'War系) |
父の活性値 | 母父の活性値 | 祖母父の活性値 | 曾祖母父の活性値 |
1.25 (13歳時交配) |
1.75 (15歳時交配) |
1.75 (7歳時交配) |
1.25 (5歳時交配) |
父の分枝状況 | 母父の分枝状況 | 祖母父の分枝状況 | 曾祖母父の分枝状況 |
Phalarisの6代孫 | Phalarisの5代孫 | Eclipseの16代孫 | Matchem〜Man o'War系 |
8代残牡先祖数 | 4代血統構成 (資質固定指数) |
潜在能力値 | 少ない先祖etc |
---|---|---|---|
15/128 | A x B D (0.25) |
3.75 | コダマ ミハルオー |
形相の遺伝 | 料の遺伝 | 牝系 | 何番仔? |
ダンサーズイメージ | 5.50 | 泣く子も黙る ビューチフルドリーマー系 (No.12) |
3番仔 (3連産目) |
潜在能力値は数値が少ないほど大きいことを示しています。
第52回菊花賞を制した日本ダービー2着馬、レオダーバン。「母父ダンサーズイメージ」「自身の胴の詰まった体型」「最後の単枠指定馬となったセントライト記念で1番人気3着」などにより長距離不安もささやかれ、菊花賞では人気を下げる結果となりました(3番人気)。しかし、スローペースによる瞬発力勝負の展開にも助けられ、見事に菊花賞馬となりました。上がり3ハロンで繰り出した末脚は、推定34秒9という鋭いものでした。
レオダーバンの血統&配合について、中島(B&B)理論的に着目しなければならないポイントは3つあります。
1つ目は、「Native Dancer3×5の有数値クロスがある」ということです。Native Dancerの直系5代父Polymelusはグリーン0による0化がなされていますが、直系4代父Phalarisはグリーン0による0化がなされていません。クロスによる0化、すなわちブルー0は直父系4代以内にグリーン0、あるいはオレンジ0がある際に限り有効となります。ゆえにB&B理論的には、Native Dancerのクロスは弊害のあるクロスとして判断されます。
2つ目は、「父マルゼンスキーの通算種付け頭数が720頭を越える年に、母シルティークに対する種付けがなされた」ということです。マルゼンスキーは1978年に種牡馬として初供用され、1978年61頭、1979年73頭、1980年70頭、1981年77頭、1982年77頭、1983年75頭、1984年77頭、1985年78頭、1986年68頭、1987年68頭、以後続く)と種付けをなされました。レオダーバンは1988年生まれですから、父の10年度に種付けされて生産された産駒となります。初年度(1978年)から10年度(1987年)までの種付け総数は「724」となります−ちなみに、その時点での産駒総数は「568」となります−。2000年7月現在、レオダーバンがマルゼンスキー最後のGIホースとなっています。
ある1頭の種牡馬の産駒が次々にレースを制すると、その種牡馬には人気が集中する。だが、種付け頭数を増やし、数年後、出馬表に同じ種牡馬の名前が溢れ返るようになると、ぱったりとその種牡馬の仔はビッグレースを勝てなくなる。(中略)
720頭を超える頭数の種付けを済ますと、その産駒(牡馬)の闘争本能は著しく減少し、競走能力が明らかに低下する。これは、それ以上同じ血族を増やす必要が失われるからである。(中略)
「アメリカでは誰でも言うが、何でも野生馬のボスの種付け総数だって話さ。ほんとかどうかは知らないけどね」
−中島国治著、『血とコンプレックス』(KKベストセラーズ)、P119〜P121より抜粋。−
かつて、1970年代の欧州ではMill Reefの年間種付け頭数が「44頭」と制限されていました。同馬のオーナーであった故ポール・メロン氏は米国の方ですが、もしかしたら上記のことを知っていらしたのかも知れません−Mill Reefの種付け業務については英国が直々に管理していたそうです−。というか、かつての欧米では常識だったのでしょうね。
3つ目は、最優性先祖である母父ダンサーズイメージについてです。レオダーバンの体型から察するに、形相はダンサーズイメージに違いないと考えています。母シルティークに対する交配は15歳時の1.75ポイントで行われました。栗毛牝馬のヤマトマサルとの交配でしたが、結果、シルティークは鹿毛に出ました。芦毛遺伝子が劣性に働いたため、ダンサーズイメージの持つ原毛色である鹿毛が遺伝されたと判断しています。ダンサーズイメージは、芦毛に隠れていますけれど、実は原毛色がホモ鹿毛の種牡馬です。彼の芦毛以外の産駒は、すべて鹿毛系に出ています。
↑ではキツイことを書いていますが、私はレオダーバンが好きです。名前の響きが良くて。牝系も日本の名牝系、12号族ビューチフルドリーマー系ですしね。